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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)16号 判決

主文

本件各上告を棄却する

理由

被告人両名の辯護人渡辺吉男及び同位田亮次の上告趣意書 第一點 原判決は被告人の防御權を不當に制限したる違法あるものと信ず。原審公判手續を同公判調書により詳細に檢討するに、原審は公判期日に於て被告人大沢に對しては共同被告人石原を、被告人石原に對しては共訴被告人大沢を、夫々直接訊問する機會を與へたる事跡毫も無之ものとす。今、日本国憲法の施行に伴う刑事同訟法の應急的措置に関する法律(以下應急措置法と稱す)第十一條第二項は、被告人は公判期日に於て、裁判長に告げ、共同被告人、證人、鑑定人、通事又は飜譯人を訊問することが出來る。と規定して、日本国憲法が其の第三十七條第二項前段に於て、刑事被告人は凡ての證人に對し審問の機會を充分に與へらるべきことを保障したるに應じたるものなり。是れ刑事訴訟法に於ては、被告人は證人の訊問に付、直接発問の權利なく僅に裁判長に對し其の発問を促し得るに過ぎざりしに対し、應急措置法は前記被告人の憲法上の證人訊問權を保障せんが爲當事者對等主義の徹底を期し、被告人に對し獨立の訊問權を與へ以て被告人の防御權行使に遺憾なからしめむとなしたるなり。されば被告人は其の防御權行使の爲、共同被告人に對し直接訊問を爲し得べく被告人にして若し斯のことなきに於ては裁判長は該公判期間に於て尠く共一回は被告人に對し右直接訊問を爲し得べき機會を與えざるべからず。縱令、共同被告人なるが故に公判期日を同じくすると雖も之を以て直に被告人が共同被告人を自己獨自の訊問權により充分に訊問をなし得る機會を有したるものとなすは実際の公開法廷に於ける裁判長訴訟指揮權の過少評價並びに実際に於ける被告防御權の過大評價をなすものと謂ふべく應急措置法第十一條第二項を徒に制限的解釋するものとの譏を免れさるべし。殊に被告人大沢は原審に於て辯論終結に到る迄勾留の身柄にありたるものにして昭和二十二年五月三日より應急措置法実施せられて人權保障のため被告人の共同被告人に對する獨自の訊問權を附與せられたることを知る由も無かりし關係にあり。裁判長が被告大沢に對し公判期日に於て右訊問を爲し得る機會を積極的に與へざるべからざるは訴訟法に於ける當事者對等の原則より見るも當然に要請さるべきなり。然るに原審公判調書を閲するに、原審は被告人大沢に對しては共同被告人石原を、被告人石原に對しては共同被告人大沢を夫々直接訊問し得べき機會を與へたる形跡絶えて存するなし。是れ應急措置法第十一條第二項違反にして被告人の防御權を不當に制限したるものに非ずして何ぞや。原審公判手續は斯かる違法なる手續の下に進行せられたるものにして無效のものなり。而かも原判決は其の引用證據に被告人大沢並に同石原の原審公廷に於ける各供述を擧示したり。されば、原判決は被告人の防御權を不當に制限したる違法あると共に適法ならざる證據を斷罪の資に供したる失當あり。到底破毀を免れざるもの信ず。というのである。

おもうに、日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十一條第二項によれば、被告人は、共同被告人のいる事件においては、公判期日において、裁判長に告げれば、その共同被告人をも自から訊問できること所論のとおりである。從って、その訊問の時期や順序などについては、むろん、裁判長の訴訟指揮に從はねばならぬとしても、自から直接に共同被告人を訊問したいと考へたときには裁判長に告げて、その欲する事項について共同被告人を訊問することができまた訊問すればよいのであって、右の第十一條第二項の規定があるからといって、進んで裁判長から被告人に對し共同被告人を訊問することができる旨を告げ知らせて、積極的にその発問を促すということは、望ましいことではあろうがさうしなければならない義務を定められたものでない。本件において、原審の公判調書によれば、上告人両名は、共同被告人として、原審の各公判期日を通じて終始相共に在廷したものであって、両名とも自ら共同被告人を直接に訊問してはいないし、又裁判長の方から両名に對して、その共同被告人を訊問できる旨を告げてその発問を促したことも認められないけれども、同時に亦裁判長が、被告人の有する右の第十一條第二項による共同被告人訊問權の行使を制限したり抑えたりしたと認めるような形跡も少しも見受けられないのであるから、これを以って、直ちにこの原審の公判手續が該法條に違反した違法のものであるとか、被告人の防御權を不當に制限した違法があるとかということはできない。論旨は、これと異なる獨自の見解に立って原審の公判手續に對する非難を試みようとするものであって採用するに値いしない。論旨は理由がない。

同第二點第三點は、原判決は被告人の防御權を不當に制限したる違法あるものと信ず。本件記録中原審公判調書を熟讀するに、原審は被告人大沢に對しては共同被告人石原を、被告人石原に對しては共同被告人大沢を、夫々其の供述又は作成に係る供述録取書類並に代替書類の供述者作成者として公判期日に直接訊問し得る機會を與へたる形跡毫も之を認むるを得ざるところとす。抑々、日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急措置に関する法律(以下刑事訴訟法應急措置法と稱す)第十二條が、證人その他の者(被告人を除く)の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類は被告人の請求があるときは、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機會を被告人に與へなければ、これを證據とすることが出來ない。後略。と規定したる所以のものは基本的人權を不當に侵害さるることなからしめんとの趣旨に出でたる憲法第三十七條に規定する被告人獨自の訊問權を保障せんとしたるものなり。即ち、若し被告人不知の間に作成せられたる供述録取書類又は代替書類を採て以て直に有罪認定の證據に供するを得るものと爲さば、憲法第三十七條第二項に保障せられたる被告人の訊問權は結局実效なきものに終始することとなり同條は之に依り完全に回避し得る結果を招來すべし。茲に於て刑事訴訟法應急措置法第十二條は被告人に對し供述録取書類又は代替書類に付その供述者又は作成者を公判期日に於て訊問する機會を與へ、之に依り憲法が被告人に認めたる被告人獨自の訊問權を擔保し以て被告人の訴訟法上に於ける防御權の行使に遺憾なきを期したるなり。されば裁判長は被告人に對し當該被告人以外の者の供述録取書類又は代替書類の作成者を公判期日に於て直接訊問し得る機會を與へ被告人をして充分に其の防御權を行使せしめざるべからず。縱令、本件の如く共同被告人が公判期日を共通にする場合に於ても何等其の理を異にするところなきものなり。然るに原審は被告人大沢に對しては共同被告人石原を、被告人石原に對しては共同被告人大沢を、夫々其の供述又は作成に係る供述録取書類並に代替書類の供述者作成者として公判期日に直接訊問し得る機會を與へたる形跡全然無之ものにして刑事訴訟法應急措置法第十二條に違反し被告人の防御權を不當に制限したる違法あり。到底破毀を免れざるものと信ず。

原判決は適法ならざる證據を斷罪の資に供したる違法あるものと信ず。原判決は本件犯罪事実を認定するに至りたる證據として「被告人石原に對する司法警察官の聽取書」を擧示したること明らかなり。依て右被告人石原に對する司法警察官聽取書が適法のものなりや否やに付檢討を加へむに日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置法(以下刑事訴訟法應急措置法と稱す)第十二條は證人其の他の者(被告人を除く)の供述録取書類又は代替書類に付てはその供述者又は作成者を公判期日に於て訊問する機會を與へることなくして之を證據となすを得ざるものとし右供述録取書類又は代替書類の證據能力を制限せり。而して原審は前第二點に記述したる如く被告人大沢に對しては共同被告人たる石原を、其の供述又は作成に係る供述録取書類又は代替書類に付供述者又は作成者として公判期日に訊問し得る機會を與へたる形跡毫も無之ものなるを以て、被告人大沢に付犯罪事実を認定するに際しては共同被告人石原の供述に係る前記「被告人石原に對する司法警察官聽取書」は其の罪證に供するを得ざるものと謂はざるべからず。而して本件事実は被告人大沢並に同石原他五名共謀に係る所爲なるところ、原判決證據理由に依れば右被告人石原に對する司法警察官聽取書は原判決擧示の他の證據と相俟ち綜合せられて被告人等共謀に係る本件所爲の罪證に供せられたること明かなり。果して然らば原判決は適法ならざる證據を斷罪の資に供したる違法あるものと謂ふべく到底破毀を免れざるものと信ず。というにある。けれども日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十二條第一項本文の規定は證人その他被告人以外の者の供述を録取した書類又は之に代わるべき書類を犯罪の證據とするには被告人の請求があるときはその供述者又は之に代わるべき書類の作成者を公判期日において被告人自ら直接訊問する機會を與へなければならない、かゝる機會を與へないでその書類を犯罪の證據とすることは出來ないといふ趣旨である。しかし被告人の共同被告人として終始相共に公判期日に在廷するものがその書類の供述者又は作成者である場合には既に前論旨で説明したように被告人は同法第十一條第二項の規定に基いて公判期日において裁判長に告げその共同被告人を訊問することができるのであって、すなはち、共同被告人相互にあっては同法第十二條本文にいふところの「機會」は常に與へられてゐるのであるから、特に被告人の請求を待って特段の機會を與へるといふようなことをしないでもこれ等の書類を證據としてさしつかへないのである。それは毫も同法第十二條本文の法意に反するところはないのである。

本件において原判決が被告人大沢稔及び同石原春義の犯罪を認定する證據として石原春義に對する司法警察官の聽取書をとっていることは所論のとおりであるけれども原審公判調書によれば被告人大沢稔及び同石原春義の両人は原審の公判期日に共同被告人として常に共に在廷していたことは明であるから被告人大沢稔は原審公判期日において常に直接被告人石原春義を訊問する機會を與へられていたもので(被告人大沢稔がこの機會を利用して被告人石原春義を訊問した事跡は本件記録上知ることができないけれども)原審が被告人石原春義の警察における供述録取の書類を本件犯罪の證據としたことには毫も辯護人主張のような違法の點はないのである。論旨は理由がない。

以上の理由によって本件上告は刑事訴訟法第四百四十六條に從ひ棄却すべきものである。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山清一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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